遺言能力とは?認知症だと遺言書は書けない?後悔しないための判断基準と作成のポイントを解説

大切な「想い」を形にするために知っておきたいこと

「そろそろ遺言書を書いておこうかな」と考えたとき、ふと不安がよぎることはありませんか?

「もし、認知症だと判断されたら、私の書いた遺言は無効になってしまうのかしら?」

「父は最近物忘れがあるけれど、今のうちに遺言を作ってもらっても大丈夫なのかな?」

遺言書は、一生懸命築いてきた財産を、大切なご家族へスムーズに引き継ぐための「最後のお手紙」のようなものです。

しかし、せっかく書いた遺言書も、のちに「書いた本人にその能力があったのか?」と争いになってしまっては、残されたご家族に悲しい思いをさせてしまうかもしれません。

そこで重要になるのが「遺言能力」という考え方です。

この記事では、「遺言能力とは一体何なのか」「認知症と診断されても遺言は書けるのか」といった疑問について、専門家の視点から解説します。

遺言能力とは?なぜこれほどまでに重要視されるのか

1. 遺言能力をやさしく解説すると?

「遺言能力」とは、簡単に言うと「自分がこれから書く遺言の内容をしっかりと理解し、その結果、誰にどのような影響が出るかを判断できる能力」のことです。

法律の世界では、遺言書を書くためには、単に文字が書けるだけではなく、その内容を法的に判断できる力が必要だとされています。

2. なぜ遺言能力が「争い」の火種になるのか

せっかく作成した遺言書が、後から裁判などで「無効」と判断されてしまうケースの多くは、この遺言能力の有無が原因です。

例えば、亡くなった後に遺言書が見つかった際、納得のいかない相続人が「この時、お父さんは認知症が進んでいて、自分の判断で書けたはずがない!」と主張することがあります。これが親族間での大きなトラブル(いわゆる「争族」)に発展してしまうのです。

認知症=遺言が書けない、は大きな誤解です

多くの方が「認知症と診断されたら、もう遺言書は作れない」と思い込んでいらっしゃいます。

しかし、実はそうではありません。

1. 「医学的判断」と「法的判断」の違い

医師が下す「認知症」という診断は医学的なものです。一方で、司法書士や裁判所が考える「遺言能力」は法的な判断です。

認知症の症状には波があります。

  • 「今日はしっかりしていて、昔の話もつじつまが合う」

  • 「夕方になると混乱してしまうけれど、午前中は落ち着いている」

このように、たとえ認知症の診断を受けていても、遺言書を書く瞬間に、自分の財産の内容を把握し、誰に何をあげたいかをハッキリと理解できていれば、遺言能力があると認められる可能性があるのです。

2. 遺言の内容の「難易度」によっても変わる

遺言能力が必要とされる度合いは、遺言の内容によっても変わります。

  • 単純な内容:「自宅を妻に、預金を長男に相続させる」といったシンプルなもの。

  • 複雑な内容:「多数の不動産を細かく分け、会社経営の株を条件付きで譲る」といった複雑なもの。

複雑な内容であればあるほど、より高いレベルの遺言能力(判断力)が求められることになります。

裁判所はどうやって「遺言能力」を判断しているの?

もし裁判になった場合、その人が遺言を書いたときに能力があったかどうかは、主に以下の4つの要素を総合的に見て判断されます。

① 精神上の障害の程度(医学的要素)

医師の診断書、介護保険の要介護度などが参考にされます。

② 遺言の内容(内容的要素)

先ほどお伝えした通り、遺言の内容がどれくらい複雑か、あるいは本人の生活実態に即して自然な内容かどうかが重視されます。

③ 遺言作成の動機・経緯(動機的要素)

なぜそのような内容にしたのか。例えば「長年介護をしてくれた長女に多めに残したい」という明確な動機があり、それが以前からの本人の希望と一致していれば、能力があったと認められやすくなります。

④ 遺言作成時の状況(状況的要素)

誰がその場に立ち会っていたか、本人が自分の言葉で指示を出していたか、といった作成当時のリアルな状況です。

遺言書の種類と、無効リスクを減らすための選び方

遺言書には大きく分けて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。遺言能力に不安がある場合、どちらを選ぶべきかは非常に重要なポイントです。

1. 自筆証書遺言(自分で書く遺言)のメリット・デメリット

自分で紙とペンを用意して書く方法です。

  • メリット: 手軽で費用がかからない。

  • リスク: 内容に不備が出やすく、後から「無理やり書かされたのではないか」「本人の意思ではないのではないか」という疑いを持たれやすい。

2. 公正証書遺言(公証役場で作る遺言)のメリット・デメリット

公証人という法律の専門家が作成し、原本を公証役場で保管する方法です。

  • メリット: 公証人が本人の意思を確認するため、形式的な不備で無効になることがほぼない。また、第三者である公証人が関与することで、遺言能力があったことの強い証拠になります。

  • リスク: 費用がかかる。

【専門家のアドバイス】 少しでも遺言能力に不安がある場合は、迷わず「公正証書遺言」をお勧めします。公証人が直接本人と面談し、意思確認を行うプロセスそのものが、将来の紛争を防ぐ強力な盾になるからです。

安心な遺言書を作るための「5つの具体的ステップ」

将来、「この遺言は無効だ!」と言わせないために、私たちが実務で行っている対策をステップ形式でご紹介します。

ステップ1:医師の診断書を取得する

作成日と近い日に、主治医に「遺言作成に必要な判断能力があるか」という点を含めた診断書を書いてもらいます。これは医学的な裏付けとして非常に強力な資料になります。

ステップ2:認知機能テストなどの数値を記録する

認知機能テストの点数を確認しておきます。一般的に30点満点中15点〜20点程度あれば、シンプルな内容の遺言作成は可能とされるケースが多いですが、点数だけで決まるわけではありません。

ステップ3:介護記録や日記を残しておく

日々の様子を記録した介護日誌や家族とのやり取り、本人の日記などは「その時期、本人がどれくらいしっかりしていたか」を証明する周辺証拠になります。

ステップ4:動画や録音で作成風景を残す

公正証書遺言を作る際や、その前段階の打ち合わせの様子を動画で撮影しておくことも有効です。本人が自分の口で、誰に何を相続させたいかをハッキリと述べている映像は、何よりも説得力があります。

ステップ5:専門家(司法書士)を関与させる

私たち司法書士は、作成前に本人と何度も面談を重ねます。「今日は何月何日ですか?」「お子さんは何人いらっしゃいますか?」「この不動産はどうしたいですか?」といった対話を通じて、本人の意思が確固たるものであるかを確認し、そのプロセスを記録に残します。

もし「遺言能力がない」と判断されてしまったら?

残念ながら、すでに認知症が進行しており、遺言能力がないと判断されるケースもあります。その場合に考えられる選択肢をお伝えします。

1. 家族信託(かぞくしんたく)の検討

もし、まだわずかでも判断能力が残っている段階であれば、遺言の代わりとして「家族信託」という仕組みが使えるかもしれません。これは信頼できる家族に財産の管理を託す契約です。

2. 成年後見制度の利用

判断能力が完全になくなってしまった後は、遺言を書くことはできません。その場合は、家庭裁判所に申し立てをして「成年後見人」を選んでもらい、財産を守ってもらうことになります。

ただし、これらはあくまで「管理」のための仕組みであり、遺言のように「誰にどの財産をあげるか」を自由に決めることは難しくなります。だからこそ、「まだ大丈夫」と思える今のうちに動くことが大切なのです。

よくある誤解:こんな時、遺言能力はどうなる?

ここでは、実務の相談でよく受ける「これって遺言能力に関係しますか?」という疑問にお答えします。

「文字が書けなくても、遺言能力はありますか?」

はい、あります。病気やケガで手が震えて文字が書けない状態(身体的な不自由)と、脳の判断能力(遺言能力)は別物です。文字が書けない場合は、公正証書遺言を作成することで、公証人が代筆する形をとることができます。

「物忘れがひどいのは、即、能力なしですか?」

いいえ、違います。加齢による単なる物忘れと、遺言の内容が理解できないほどの認知症は区別されます。自分の住所や家族の名前が言え、財産の概要を理解できていれば、能力ありと判断される余地は十分にあります。

「以前書いた遺言の内容を忘れてしまった場合は?」

過去に書いた遺言の内容を忘れていても、新しく遺言を書く時点でその内容を理解していれば、新しい遺言を書くことができます(この場合、後の遺言が優先されます)。

まとめ:先延ばしにしないことが最大の対策です

  • 遺言能力は「内容を理解し判断できる力」のこと。

  • 認知症イコール遺言不可ではない。

  • 公正証書遺言を選び、医師の診断書などの証拠を揃えるのが安心。

  • 判断能力がある「今」こそが、最良のタイミング。

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