「亡くなった父の遺言書が、机の引き出しと金庫から1通ずつ出てきた……」
「日付が違う遺言書が2通あるけれど、どちらの内容を信じればいいの?」
大切な家族が遺してくれた遺言書。
しかし、それが2通以上見つかると、残されたご家族は「どちらが正しいのか」「どう手続きを進めればいいのか」と、大きな不安を感じてしまうものです。
せっかく家族のために遺してくれたメッセージが、家族を困らせる種になってしまうのは、とても悲しいことですよね。
実は、遺言書が2通あるケースは決して珍しいことではありません。
人間、時間が経てば考えが変わることもありますし、より良い内容にしようと書き直すこともあるからです。
この記事では、司法書士の視点から、遺言書が2通(あるいは複数)見つかった時の優先順位のルールや、混乱を防ぐためのステップを解説します。
遺言書が2通あるとき、まずは何を確認すべき?
遺言書が複数見つかった場合、まず確認していただきたいポイントがあります。
すぐに開封したり破り捨てたりしてはいけません。
どちらも「有効」な遺言書かどうかを確認する
まず大前提として、その2通の遺言書がどちらも法律的に「有効」な形で作られているかどうかが重要です。
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自筆証書遺言の場合: 本人の直筆か、日付はあるか、署名・押印はあるか。
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公正証書遺言の場合: 公証役場で作られた正式な書類かどうか。
もし、片方の遺言書に日付がなかったり、署名が抜けていたりして「無効」であれば、必然的にもう一方の有効な遺言書が唯一のものとなります。
「検認」が必要なタイプかどうかを確認する
もし、見つかった遺言書が「封筒に入って封印されている自筆のもの」であれば、家庭裁判所での「検認(けんにん)」という手続きが必要です。
2通とも封印されているなら、2通とも勝手に開けてはいけません。
裁判所で相続人立ち会いのもと開封する必要があります。
「中身を確認したいから」と焦って開けてしまうと、過料(罰金のようなもの)を科される可能性もあるので注意しましょう。
結論:2通ある遺言書、どちらが優先される?
さて、ここからが本題です。どちらの遺言書も有効だった場合、どちらの内容が優先されるのでしょうか。
原則は「日付が新しいもの」が優先される
結論から言うと、日本の法律では「日付が新しい遺言書」が優先されると決まっています。
理由はとてもシンプルです。「遺言は、亡くなる直前の本人の意思を最も尊重するべき」という考え方があるからです。
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1通目(古い日付): 2020年1月1日のもの
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2通目(新しい日付): 2023年5月1日のもの
この場合、2023年に書かれた新しい方の遺言書が、故人の「最終的な意思」として認められます。
「内容が重なっている部分」だけが書き換えられる
ここでよくある誤解が、「新しい遺言書が見つかったら、古い遺言書はすべて無効になる」という思い込みです。
実は、古い遺言書がすべて消えてなくなるわけではありません。
「新しい遺言書と内容が矛盾(衝突)している部分だけ」が、新しい内容に上書きされるという仕組みになっています。
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古い遺言書: 「自宅は長男に、預貯金は長女に相続させる」
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新しい遺言書: 「自宅は長女に相続させる」
この場合、自宅については「新しい遺言書(長女へ)」が優先されます。しかし、預貯金については新しい遺言書に何も書かれていないため、「古い遺言書(長女へ)」の内容がそのまま有効として残ります。
このように、パズルのように組み合わせて判断することになります。
自筆証書遺言と公正証書遺言、種類が違う場合は?
「古い方は公正証書遺言(プロが作ったもの)だけど、新しい方は自筆のメモ。この場合でも、新しい自筆の方が優先されるの?」
という質問をよくいただきます。
遺言の種類に優劣はない
驚かれるかもしれませんが、遺言書の種類によって優先順位が決まることはありません。
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公正証書遺言 よりも 自筆証書遺言 が新しい
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自筆証書遺言 よりも 公正証書遺言 が新しい
どちらのパターンであっても、「日付が新しいもの」が勝つのが法律のルールです。
たとえ公証役場で作った立派な公正証書遺言があったとしても、その後に本人がノートにひっそりと書いた自筆の遺言書(法的に有効なもの)が出てきたら、後の自筆遺言の方が優先されます。
なぜ種類による優劣がないのか
これは、遺言を書く自由(遺言の自由)を最後まで保障するためです。
「一度公証役場で作ったら、もう二度と自分一人では書き直せない」となってしまうと、本人の今の気持ちを反映できなくなってしまうからです。
ただし、自筆の遺言書は「形式ミス」で無効になりやすいため、実務上は「公正証書遺言を後から自筆で修正しようとしたが、書き方が悪くて無効になり、結局古い公正証書の内容で進めることになった」というケースも多く見受けられます。
遺言書が2通あることで起こりやすいトラブル
「新しい方が優先」というシンプルなルールがあるものの、実際に2通見つかると、現場ではトラブルが発生しやすいのが現実です。
どのような問題が起きるのか、あらかじめ知っておきましょう。
1. 「認知症だったのではないか?」という疑い
古い遺言書では優遇されていた相続人が、新しい遺言書で取り分を減らされていた場合、「この新しい遺言書を書いたとき、お父さんはもうボケていたはずだ!」「誰かに無理やり書かされたのではないか?」と主張し始めることがあります。
これを「遺言能力」の争いと呼びます。
自筆の遺言書の場合、書いた当時の本人の健康状態や精神状態が客観的に分かりにくいため、裁判にまで発展してしまう不幸なケースも少なくありません。
2. 「偽造」を疑われる
日付が新しい遺言書が自筆だった場合、「これは本人の筆跡ではない」「誰かが後から勝手に日付を捏造して書いたものだ」と疑念を持たれることがあります。
特に、1通目と2通目の間で内容がガラリと変わっている(例:特定の愛人に全財産を譲るなど)場合は、非常に激しい対立を生む原因になります。
3. 全体像の把握が難しくなる
先ほどお伝えした通り、新旧の遺言書を「組み合わせて」読む必要がある場合、内容が複雑になればなるほど「結局、誰が何をどれだけもらうのが正解なのか」の解釈が分かれてしまいます。
「この表現は預貯金全体を指すのか?それとも一部なのか?」といった言葉の解釈を巡って、家族間で言い争いになるのは、亡くなった方も望んでいないはずです。
2通の遺言書が見つかった時の解決ステップ
ステップ1:現状維持(開封しない・破棄しない)
まずは何もしないことが一番大切です。特に、封筒に入っている遺言書を「中身が気になるから」と開けてしまうのは厳禁です。
また、「自分に不利な内容だから」と1通を隠したり破いたりすると、「相続欠格(そうぞくけっかく)」といって、相続する権利そのものを完全に失ってしまう重い罰があります。どんな内容であれ、見つけたものはすべて大切に保管してください。
ステップ2:遺言書の種類を確認する
見つかった遺言書が以下のどれに当たるかを確認しましょう。
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公正証書遺言: 公証役場の封筒に入っている、または「正本」「謄本」と書かれている。
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法務局保管の自筆証書遺言: 法務局から発行された「遺言書保管事実証明書」などがある。
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自宅保管の自筆証書遺言: 本人の手書きで、自宅の金庫や仏壇などから出てきた。
1と2の場合は、すでに公的な機関が関与しているため、偽造の心配は少なく、検認手続きも不要です。
3の場合は、家庭裁判所への検認予約が必要になります。
ステップ3:専門家(司法書士など)に中身を精査してもらう
2通の遺言書を並べて、「どこが重なっていて、どこが書き換わっているのか」を正確に判断するのは、一般の方には非常に難しい作業です。
私たち司法書士のような専門家に依頼して、
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法的な有効性のチェック
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新旧の対照表の作成
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どちらの遺言書に基づいて登記(名義変更)ができるかの判断 を行ってもらうのが、結局は一番の近道になります。
遺言書を複数遺さないための「生前対策」のポイント
もし、この記事を読んでいるあなたが「これから遺言を書こう」と思っている、あるいは「以前書いたけれど、内容を変えたい」と思っている方であれば、残された家族を混乱させないために、以下のことを意識してみてください。
書き直すときは「前の遺言を撤回する」とはっきり書く
新しい遺言書を書く際、冒頭に「私は、〇年〇月〇日に作成した一切の遺言を撤回し、以下の通り遺言する」という一文を入れるようにしましょう。
これがあるだけで、古い遺言書との「パズルの組み合わせ」をする必要がなくなり、新しい遺言書だけを見れば良いという明確なメッセージになります。
古い遺言書は破棄するか、無効であることを明記する
自筆証書遺言を自分で書き直す場合は、古い方の遺言書を物理的に破棄(シュレッダーにかける等)するのが最も確実です。
ただし、公正証書遺言を自筆で書き直す場合は、手元にある古い公正証書の控えを破棄しても、公証役場に「原本」が残っているため、完全に消し去ることはできません。やはり、新しい遺言書の中に「前のものを撤回する」と書くことが最も重要です。
家族に「最新版はこれだよ」と伝えておく
どんなに完璧な遺言書を書いても、それが家族に見つからなかったり、古いものだけが見つかったりしては意味がありません。
「最新のものはここに保管してある」「法務局に預けてある」と、信頼できる家族や専門家に伝えておくことで、死後の混乱を未然に防ぐことができます。
遺言書に関するよくあるトラブル事例と対処法
ケースA:内容は同じだが、形式が違う場合
父が亡くなり、10年前に作った「公正証書遺言」と、3年前に書いた「自筆のノート(遺言)」が出てきました。内容はどちらも「母に全財産を相続させる」で一致しています。
この場合、実務上は「公正証書遺言」を使って手続きを進めるのが一番スムーズです。
自筆のノートが新しい日付なので法的には優先されますが、公正証書遺言があれば家庭裁判所の検認も不要ですし、銀行や法務局での手続きも非常にスピーディーに進みます。内容に矛盾がないのであれば、より確実に手続きができる書類を優先して使うという実務的な判断が可能です。
ケースB:特定の財産についてだけ、新しい遺言がある場合
古い遺言書には「すべての財産を長男に」と書いてありました。しかし、その後に書かれたメモ程度の遺言書に「やっぱり、この家だけは長女に住ませてあげたい」とありました。
この場合、全体としては「長男に」という古い遺言が活きますが、「家」の部分だけはピンポイントで新しい遺言が優先され、長女が引き継ぐことになります。
このとき難しいのが、家の維持費や、家以外の動産(家具など)はどうするのか、といった細かい点です。
こうした「部分的な書き換え」は、解釈の余地が生まれてしまい、長男と長女の間で感情的なしこりが残りやすい傾向にあります。
ケースC:日付が全く同じ遺言書が2通あったら?
非常に珍しいケースですが、同じ日付の遺言書が2通出てきて、内容が異なっていた場合はどうなるでしょうか。
もし、どちらが先に書かれたか(時間まで記載されている等)が分からず、内容が矛盾している場合、その矛盾する部分は「どちらも無効」として扱われる可能性が高くなります。
そうなると、結局は相続人全員で話し合う「遺産分割協議」が必要になり、遺言書がなかった時と同じ状態になってしまいます。





