「亡くなった父の銀行口座を解約したいけれど、何年も連絡が取れない兄弟がいる……」
「遺産分割協議書に実印をもらいたいのに、どこに住んでいるのかさえ分からない……」
相続の手続きを進めようとしたとき、メンバーの中に「連絡がつかない人(音信不通の相続人)」が一人でもいると、そこで全てが止まってしまいます。
「もう諦めるしかないのでしょうか?」
「その人の分を除いて、残りのメンバーだけで話し合ってはいけませんか?」
その方の分を除外して手続きを進めることは、法律上できません。
しかし、法律には、そうした困った状況を打破するための「不在者財産管理人(ふざいしゃざいさんかんりにん)」という解決策が用意されています。
この記事では、音信不通の相続人がいる場合にどう動けばいいのか、司法書士の視点から解説します。
なぜ「一人でも欠けると」相続手続きは1ミリも進まないのか?
相続人全員の合意は「絶対条件」です
遺産分割協議(誰がどの財産をもらうか決める話し合い)は、「相続人全員」で行わなければならないと法律で決まっています。
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10人の相続人のうち、9人が賛成していても、1人が不在ならその話し合いは無効です。
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連絡がつかないからといって、その人を「いなかったこと」にすることはできません。
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多数決も通用しません。
銀行や法務局は「全員の印鑑」をチェックします
銀行の解約手続きや、不動産の名義変更(相続登記)の際、窓口では必ず「亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本」を確認されます。
そこで「あ、もう一人子供がいますね」と判明した瞬間、その方の印鑑証明書がない限り、手続きはストップしてしまいます。
「勝手に進めるリスク」を司法書士が危惧すること
稀に「適当に名前を書いてハンコを押してしまえば……」と考える方がいらっしゃいますが、これは絶対に避けてください。
有印私文書偽造などの罪に問われるだけでなく、後からその相続人が現れた場合に、全ての相続がひっくり返るという大トラブルに発展します。
まずは「本当に居場所が分からないか」を調査する(戸籍と住民票の確認)
「不在者財産管理人」の手続きを検討する前に、まずは本当にその人が「法律上の行方不明」なのかを確認する必要があります。
単に「電話に出ない」「LINEが既読にならない」だけでは、まだ手続きには進めません。
戸籍の附票(こせきのふひょう)を取り寄せる
私たちが最初に行うのは、「戸籍の附票」の調査です。
これは、その人の住所の移り変わりが記録された書類です。
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まず、その相続人の現在の本籍地で戸籍謄本を取ります。
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あわせて「戸籍の附票」を取得します。
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そこに記載されている「最新の住所」を確認します。
意外と、「本籍地の役所には住所が登録されているけれど、親族がそれを知らなかっただけ」というケースは多いものです。
現地を訪問してみる(実地調査)
住民票上の住所が判明したら、そこに手紙を送るか、可能であれば実際に足を運んでみます。
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表札が出ているか?
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電気メーターは回っているか?
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郵便受けが溢れていないか?
もし、そこに住んでいる形跡があるのに連絡を無視しているだけなら、それは「不在(行方不明)」ではなく、単なる「非協力」です。
この場合は別の対策が必要になります。
一方で、「住民票はあるけれど、そこには誰も住んでいない」「宛先不明で手紙が戻ってくる」という状態になって初めて、法的な「行方不明」として扱われる土台が整います。
解決の切り札「不在者財産管理人」とはどのような制度か?
さて、調査を尽くしても居場所が分からない場合、いよいよ今回の本題である「不在者財産管理人」の出番です。
不在者の「代わり」を務めるプロの代理人
不在者財産管理人とは、簡単に言うと**「行方不明になっている人の代わりに、その人の財産を守り、管理する人」のことです。
家庭裁判所に申し立てをして選んでもらいます。
この管理人が選ばれることで、行方不明の相続人に代わって遺産分割協議に参加してもらうことが可能になります。
誰が管理人になるのか?
以前は親族が選ばれることもありましたが、現在は「司法書士や弁護士などの専門家」が選ばれるのが一般的です。
なぜなら、不在者の利益を守るという中立な立場が求められるからです。
特に他の相続人と利害関係がある親族では、公平な判断が難しいと裁判所に判断されることが多いのです。
管理人ができること、できないこと
管理人は、あくまで「不在者の財産を守る人」です。
そのため、勝手に「この人の取り分はゼロでいいですよ」と承諾することはできません。
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できること: 財産の保存、管理、家庭裁判所の許可を得た上での遺産分割協議。
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できないこと: 不在者が不利になるような一方的な合意、財産の勝手な処分。
不在者財産管理人を選任するまでの具体的な流れ
手続きは、行方不明者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所で行います。
ステップ1:申立人の決定
通常は、他の相続人(あなたなど)が「利害関係人」として申し立てを行います。
ステップ2:必要書類の準備
これがかなりボリュームがあります。
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不在者の戸籍謄本、戸籍の附票
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不在であることを証明する資料(返送された手紙や、近隣住民の報告書など)
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不在者の財産目録(預金残高や不動産の詳細)
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管理人の候補者に関する書類
ステップ3:家庭裁判所への申し立て
書類を揃えて提出します。この際、「予納金(よのうきん)」という費用が必要になるケースが多いです。
これは、管理人が仕事をするための報酬や経費に充てられるもので、事案によりますが20万円〜50万円程度が必要になることがあります。
ステップ4:裁判所の審査・選任
裁判所の書記官や調査官が内容を確認し、必要であれば申立人に面談(ヒアリング)を行います。
「本当に探しましたか?」「他に手段はありませんか?」といったことを丁寧に確認されます。
問題がなければ、裁判所から「不在者財産管理人選任決定」という審判が下ります。
「権限外行為許可」が遺産分割の鍵を握る
不在者財産管理人が決まっただけでは、まだ遺産分割協議は成立しません。ここが一番大切なポイントです。
管理人の本来の仕事は「現状維持」
管理人の基本的な役目は「財産を守ること」です。遺産分割協議をして財産を分ける行為は、本来の仕事の範囲を超えています。
裁判所に「許可」をもらうプロセス
遺産分割協議を行うために、管理人は裁判所に対して「権限外行為許可(けんげんがいこういきょか)」の申し立てを行います。
「今回の相続において、不在者の代わりにこういう内容で遺産分割をしたいのですが、よろしいでしょうか?」と裁判所にお伺いを立てるのです。
許可が出る条件は「法定相続分」の確保
ここで注意が必要なのは、裁判所は「不在者が損をしないか」を厳格にチェックするということです。
原則として、不在者の法定相続分(法律で決まった取り分)を確保した内容でないと、許可は下りません。
「連絡もしてこない人なんだから、一円も渡したくない」というお気持ちは痛いほど分かります。
しかし、法的な手続きを利用する以上、その人の権利(法定相続分)を守ることが、手続きを成立させるための絶対条件となるのです。
不在者財産管理人の費用と期間はどれくらい?
多くの方が不安に思うのが、お金と時間の問題です。
費用の目安
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印紙代・切手代: 数千円程度
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予納金: 20万円〜50万円程度
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専門家への依頼費用: 司法書士などに申し立て書類の作成を依頼する場合の報酬。
期間の目安
申し立てから管理人が選任されるまでで、約1ヶ月〜3ヶ月程度。 その後の遺産分割協議の許可を得るまでに、さらに1ヶ月〜2ヶ月程度。 トータルで見ると、半年から1年弱の時間がかかることも珍しくありません。
「そんなにかかるの?」と思われるかもしれませんが、放置していても状況は一生変わりません。
むしろ時間が経てば経つほど、他の相続人まで高齢になったり、さらに次の相続が発生したりして、難易度が上がってしまいます。
別の選択肢:「失踪宣告(しっそうせんこく)」とは?
音信不通が非常に長く続いている場合(例えば7年以上)、不在者財産管理人ではなく「失踪宣告」という手続きを選ぶこともあります。
失踪宣告とは
その人を法律上「亡くなったもの」とみなす手続きです。
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普通失踪: 生死不明の状態が7年間続いたとき。
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特別失踪: 震災や沈没などの危難に遭遇し、その後1年間生死不明のとき。
メリットとデメリット
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メリット: その人を「死亡した人」として扱うため、不在者財産管理人を選ばずに相続手続きが進められます。
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デメリット: 手続きに1年以上の時間がかかることが多いです。また、もし後で本人が生きていることが分かった場合、取り消しの手続きが非常に大変です。
どちらの手続きが適しているかは、行方不明になってからの期間や、ご家族の状況によって慎重に判断する必要があります。





